あわら温泉の歴史|明治16年の開湯から「関西の奥座敷」、芦原大火からの復興まで【年表】
あわら温泉(芦原温泉)は、明治16年(1883年)に農民が灌漑用の井戸を掘ったところ、湯が湧き出したのが始まりです。その後、鉄道の開通で「関西の奥座敷」と呼ばれる温泉地に発展し、昭和23年の福井震災と昭和31年の芦原大火を乗り越えて、いまの温泉街になりました。
この記事の情報は2026年10月24日に、あわら市、芦原温泉旅館協同組合、福井県立歴史博物館、福井県、文化遺産オンライン(文化庁)、JR西日本などの公式サイトで確認しました。宿を同じ基準で比べたい方は、あわら温泉の旅館・ホテル比較ランキングをご覧ください。
あわら温泉の歴史の年表
あわら温泉の歴史は、開湯から140年あまりです。公式情報で確かめられたおもな出来事を、年表にまとめました。
年 | 出来事 |
|---|---|
明治16年(1883年) | 十楽村(現在のあわら市堀江十楽)で、灌漑用の井戸から温泉が湧き出す |
明治17年(1884年) | 隣の田中々村と舟津村でも温泉が掘られる。温泉宿の営業が始まる |
明治40年ごろ | 温泉宿が25軒になる |
明治44年(1911年) | 国鉄三国線が開通(昭和47年に廃線) |
昭和2年(1927年) | 「日本百景」で温泉として選ばれた11か所の一つになる |
昭和3年(1928年) | 三国芦原線が開通(あわら市の観光案内では京福電鉄三国芦原線、福井県立歴史博物館の資料では三国芦原電鉄と記載) |
昭和23年(1948年)6月 | 福井震災で、旅館の倒壊などの大きな被害を受ける |
昭和31年(1956年)4月 | 芦原大火が発生(福井県立歴史博物館の資料では全焼16軒、半焼309軒) |
昭和32年(1957年)9月 | 復興祭が開かれる |
平成15年(2003年) | 京福電気鉄道の三国芦原線が、えちぜん鉄道に譲渡される |
平成16年(2004年)3月1日 | 芦原町と金津町が合併し、あわら市が誕生 |
平成25年(2013年)6月21日 | 藤野厳九郎記念館(旧藤野家住宅主屋)が国の登録有形文化財になる |
令和6年(2024年)3月16日 | 北陸新幹線の金沢・敦賀間が開業し、芦原温泉駅に新幹線が停まるようになる |
明治16年の開湯|灌漑用の井戸から湯が湧いた
あわら温泉は、田んぼの水を求めて掘った井戸から始まりました。芦原温泉旅館協同組合は、明治16年に堀江十楽の一人の農民が、灌漑用の水を求めて水田に井戸を掘ったところ、約80度の塩味の温泉が湧き出したと紹介しています。
あわら市の観光案内によると、このあたりはもともと葦の生い茂る低湿な沼地でした。湧いた湯は、うすい塩分を含んでいたと書かれています。
福井県立歴史博物館の資料では、翌明治17年(1884年)に隣の田中々村と舟津村でも温泉が掘られました。温泉宿が次々に開業し、明治40年ごろには25軒になって、福井を代表する温泉地に育ったと紹介されています。
いまのあわら温泉には74本の源泉があり、旅館協同組合によると、各施設が温泉の井戸を持っています。そのため、宿ごとに成分が少しずつ異なります。源泉と泉質の詳しい説明は、あわら温泉の泉質と源泉にまとめています。
鉄道の開通と「関西の奥座敷」への発展
あわら温泉は、鉄道の開通をきっかけに大きく発展しました。あわら市の観光案内によると、明治44年(1911年)に国鉄三国線が開通し、昭和3年(1928年)には京福電鉄三国芦原線が開通して、温泉街は急速に発展しました。
鉄道はいまどうなっている?
国鉄三国線は、あわら市によると昭和47年に廃線になりました。京福電気鉄道の三国芦原線は、国土交通省の発表によると、平成15年(2003年)に第三セクターのえちぜん鉄道へ譲渡されました。いまの鉄道での行き方は、芦原温泉駅からあわら温泉街への行き方で紹介しています。
大正・昭和初期の温泉街はどんな様子だった?
福井県立歴史博物館は、大正から昭和初期にかけて映画館や劇場が開業し、温泉街が整っていったと紹介しています。庭園や露天風呂、ダンスホールを備えた旅館も現れ、温泉の魅力を歌った「芦原節」も作られました。
旅館協同組合によると、昭和2年の「日本百景」では、温泉として選ばれた11か所の一つになりました。多くの文人墨客に愛され、「関西の奥座敷」と呼ばれるまでに発展したと紹介しています。あわら市の観光案内では「関西・中京の奥座敷」という言い方も使われています。
芸妓の文化はいまも続いている?
続いています。旅館協同組合は、温泉街の春まつりが芸妓による踊りの奉納から始まり、山車には芸妓が乗り込んで囃子を奏でると紹介しています。行事の詳しい内容は、あわら温泉街の楽しみ方とイベントをご覧ください。
福井震災と芦原大火からの復興
あわら温泉は、昭和23年の福井震災と昭和31年の芦原大火という2つの大きな災害を受け、そのたびに立ち直りました。旅館協同組合は、度重なる災害に見舞われたと紹介しています。
福井震災ではどんな被害があった?
福井県立歴史博物館の資料によると、昭和23年(1948年)6月の福井震災で、旅館が倒れるなどの大きな被害を受けました。あわら市の観光案内も、この年6月の地震で大きな被害を受けたと記しています。
芦原大火とは?
芦原大火は、昭和31年(1956年)4月に温泉街で起きた大きな火事です。福井県立歴史博物館は、震災から復興をとげたところで大火が起き、全焼16軒、半焼309軒にのぼったと紹介しています。あわら市の観光案内では、温泉街の中心部の大半が焼けたと書かれています。
どのように復興した?
復興は早く進みました。福井県立歴史博物館によると、翌昭和32年(1957年)9月には復興祭が開かれ、温泉街は再び多くの人でにぎわいました。あわら市の観光案内は、住民の努力で復興し、いまは近代的な旅館が建ち並んでいると紹介しています。
あわら市の誕生と北陸新幹線の開業
平成以降の大きな出来事は、あわら市の誕生と北陸新幹線の開業です。どちらも温泉地のいまの姿につながっています。
あわら市はいつできた?
福井県の資料によると、平成16年(2004年)3月1日に芦原町と金津町が合併して、あわら市が誕生しました。新しい市をつくる「新設合併」という形でした。
北陸新幹線はいつ芦原温泉駅まで来た?
JR西日本によると、北陸新幹線の金沢・敦賀間は2024年3月16日に開業しました。あわら市の資料でも、令和6年春に北陸新幹線の芦原温泉駅が開業し、関東からの観光客が増えたと報告しています。
いまの温泉街で歴史にふれられる場所
いまの温泉街には、歴史を伝える建物や整備された場所があります。ここでは、公式情報で確かめられたものだけを紹介します。
藤野厳九郎記念館
藤野厳九郎記念館は、中国の作家・魯迅の恩師、藤野厳九郎の旧宅を移した記念館です。文化遺産オンラインによると、建物は昭和前期のもので、1983年と2011年に移築されました。平成25年(2013年)6月21日に「藤野厳九郎記念館(旧藤野家住宅主屋)」として国の登録有形文化財になり、あわら市が所有しています。所在地はあわら市温泉1丁目です。
福井県文書館の資料によると、藤野厳九郎はあわら市出身の医師で、仙台医学専門学校で魯迅に解剖学を教えました。魯迅の講義ノートを毎週添削し、魯迅は藤野を生涯の師と仰いで小説「藤野先生」を書きました。あわら市は、2026年12月5日に「藤野先生」発表100周年の記念講演会を開くと案内しています。
芦湯と石畳の温泉街
藤野厳九郎記念館は、伝統芸能館とともに2011年に整備されました。福井県の資料に載っているあわら市の取り組みによると、2013年には足湯の「芦湯」が整備されました。2016年には温泉街の歩道が石畳になり、行灯の形の照明が付けられました。大正から昭和初期の風情を感じる散策ができるまちを目指した整備です。
温泉街の三つの薬師
あわら市観光協会は、温泉街を三つのエリアに分けて社を建て、温泉を守っていると紹介しています。舟津温泉薬師堂、田中温泉薬師神社、二面温泉薬師堂の三つです。
よくある質問
あわら温泉はいつからある?
明治16年(1883年)からです。農民が灌漑用の井戸を掘ったところ温泉が湧き出し、翌年には温泉宿の営業が始まったと、芦原温泉旅館協同組合が紹介しています。
なぜ「関西の奥座敷」と呼ばれる?
旅館協同組合は、鉄道の開通後に温泉街として発展し、多くの文人墨客に愛されて「関西の奥座敷」と呼ばれるまでになったと紹介しています。あわら市は「関西・中京の奥座敷」という言い方もしています。
芦原大火とは?
昭和31年(1956年)4月に温泉街で起きた大火です。福井県立歴史博物館によると全焼16軒、半焼309軒の被害が出ましたが、翌年9月には復興祭が開かれました。
あわら温泉と芦原温泉の違いは?
どちらも、明治16年に堀江十楽で湧いた同じ温泉地を指す呼び方です。あわら市や旅館協同組合は「あわら温泉」、福井県立歴史博物館の資料や駅名では「芦原温泉」の表記が使われています。
あわら市はいつ誕生した?
平成16年(2004年)3月1日です。福井県の資料によると、芦原町と金津町が合併して誕生しました。
まとめ
- あわら温泉は明治16年(1883年)、灌漑用の井戸から湯が湧いて始まった
- 明治44年の国鉄三国線、昭和3年の三国芦原線の開通で発展し、「関西の奥座敷」と呼ばれた
- 昭和23年の福井震災と昭和31年の芦原大火から復興し、翌年9月には復興祭が開かれた
- 平成16年にあわら市が誕生し、2024年3月16日に北陸新幹線の芦原温泉駅が開業した
- 藤野厳九郎記念館(国の登録有形文化財)や芦湯で、温泉街の歴史にふれられる
あわら温泉のいまの姿は、あわら温泉の特徴と魅力やあわら温泉の泉質と源泉でも紹介しています。宿のデータはあわら温泉の宿26軒をデータで見るにまとめました。宿を同じ基準で比べたい方は、あわら温泉の旅館・ホテル比較ランキングをご覧ください。
出典
- あわら温泉 - あわら市(2026年10月24日確認)
- あわら温泉について - 芦原温泉旅館協同組合(2026年10月24日確認)
- 芦原温泉旅館協同組合 公式サイト(2026年10月24日確認)
- 湯のまちエリア - あわら市観光協会(2026年10月24日確認)
- 芦原温泉の歴史(ギャラリー展)- 福井県立歴史博物館(福井県発表資料)(2026年10月24日確認)
- 県内の市町村合併の状況 - 福井県(2026年10月24日確認)
- 温泉情緒あふれる華やぎのあるまちづくりプロジェクト - 福井県(あわら市の取り組み)(2026年10月24日確認)
- 令和7年度SDGs未来都市等成果報告会資料 - あわら市(内閣府 地方創生推進事務局掲載)(2026年10月24日確認)
- 京福電気鉄道の鉄道事業の譲渡譲受の認可について - 国土交通省(2026年10月24日確認)
- 北陸新幹線 金沢~敦賀間開業 - JR西日本(2026年10月24日確認)
- 藤野厳九郎記念館(旧藤野家住宅主屋)- 文化遺産オンライン(文化庁)(2026年10月24日確認)
- 登録有形文化財 - あわら市郷土歴史資料館(2026年10月24日確認)
- 藤野厳九郎 展示資料 - 福井県文書館(2026年10月24日確認)
- 魯迅「藤野先生」発表100周年記念講演会 - あわら市(2026年10月24日確認)